強烈にフロンテクーペを周到してなおかつリファインしたのがセルボで長くいまでも人気がある車です。
元々は2ドアのボディを持つ、パーソナル・ユーズをコンセプトとした軽スペシャリティーカー(のちの車種ではこのコンセプトも見直される)。
後のモデルではアルトの姉妹車と思われることが多いが、先祖はフロンテクーペに遡る。
1977年、360ccの旧規格によるスポーツカー、フロンテクーペの製造中止から数年を経てコンセプトを見直した上です。女性向けの軽スペシャリティカーとして550ccの新軽規格車としてセルボが誕生。
ヘッドライトは女性ドライバーを意識して角型から丸型に変更、フォグランプは逆に丸から角になり、フロントグリル内に移動、パンパーの大型化、フェンダーミラーがタルボ型からスクエアなデザインに、リアウインドウがハメ殺しからガラスハッチへ変更など、大きく手が入れられました。デザインはよくカースタイリングの第一人者ジウジアーロによるものに、スズキ社内デザインチームにより手が加えられていると言われているのですが、事実としてはジウジアーロが元々手がけたのはフロンテ・バンに近いものだったようです。フロンテ・クーペとこのセルボは、スズキ・オリジナルデザインだったというのが真相のようです。
エンジンは、水冷2ストローク3気筒539ccを後部に搭載した、リアエンジン・リアドライブ駆動となっています。
最高出力はグロスで28馬力と数値的には物足りないが、2サイクル3気筒特有の滑らかさと、低めのギアリングの組み合わせで加速に不満は無く、また、二名乗車時、4速、25km/hでノン・スナッチで走ることができるばかりか、緩慢ながらもそこから加速もできるほどのフレキシビリティーを持ち合わせています。このギアリングは良く考えられたものです。常用域でのピックアップの良さは、快活な走りを楽しむには好都合であるのですが、オーバーオール レシオはさすがに低いため、当然、高速巡航では勢い高回転を多用することなり、高回転時の騒音レベルは高い。 騒音の低減と省燃費のためにも、もう一速、オーバードライブギアを、と望む声は当時から高かった。
ドライブポジションは非常に低く、フロントボンネットの中ほどまで脚を投げ出すというスポーツカー的な運転姿勢であり、基本的に2人乗りという考えで設計されていた(法規上は4人乗りの2+2であった)のでフロントは広く、全高が1210mmという、フェラーリなどと並ぶ屋根の低さでありながら、それほどの窮屈感は二名乗車では感じられなかった。
当時、軽自動車市場は税制面で優遇されていた初代アルトに代表される、ボンネットバンタイプに人気が集中していたことから、セルボは販売面で成功したとは言い難く、フロンテ・クーペがミニ・スポーツをコンセプトとしたのに対し、このセルボは女性をターゲットとしたパーソナルクーペへと路線変更されています。そのためにグレードはCX-G、CX-L、CXの3種類が存在し、CX-Gのみはフロントディスクブレーキを持つスポーツグレードであったがCX-LとCXは全輪ドラムブレーキでありました。CX-LのLはLadies仕様を指しており、サンバイザーの裏にはバニティミラーがついていました。また室内色もCX-Gの黒に比べ、CX-Lはクリーム色となっていました。(CXは廉価仕様)
トランスミッションは4速マニュアルのみ、サスペンションは4輪独立懸架を採用しているのですが、低いシルエットを実現するためにそのストロークは短くされ、乗り心地はお世辞にも良いとはとてもいえない。CX-Gのインパネは、真のスポーツミニと言われたフロンテ・クーペ同様、時計を含め丸型6連メーターが壮観な70年代調のものです。(CX-LとCXはこれに準じない)
海外(主にヨーロッパ)へは4ストローク1000ccエンジンを搭載した、SC100型と呼ばれる車種が輸出され、イギリスでは「ウィズキッド(WHIZZKID)」という名前で販売されていました。ただし、このモデルはエンジン以外もセルボとは異なり、ヘッドライトはフロンテ・クーペと同じ角型、などセルボというよりは1000ccエンジンを積んだフロンテ・クーペに近い。
現在でも熱狂的なファンがおり、個体によっては新車当時の価格(実質的な本体価格はなく、その販売金額のほとんどがレストア代金)で売買されています。
1978年、マイナーチェンジを受け、前期モデルではハイバック型だったフロントシートがヘッドレスト分離型になるなどの小変更はあったのですが、外観的には大きな変更は無く、基本的な成り立ちは最後まで変更されないまま、後継となるモデルも現れることはなかった。かなり早い時期に開発が打ち切られていたものと想像されます。結果としてセルボは、5ナンバー最後の2サイクルエンジン車となりました。意欲作であったフロンテ・クーペをうまく延命することに成功したスズキであったのですが、その一方です。リアエンジンの時代はすでに去ったことを一番感じていたのも、また、スズキ自身であったのだろう。
wikipediaより引用
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